「コクリコ坂から」女の子の名前は海!あだ名メルとの由来と誰が付けたのか?

映画

2011年に公開された「コクリコ坂から」。

宮崎駿さんの息子である宮崎吾郎さんが監督の映画です。

舞台は1963年(昭和38年)の横浜、「コクリコ荘」を営む女の子が主人公。
女子高生ながら家事を切り盛りしているしっかり者の女の子です。

名前は「海」というのですが、何故か「メル」と呼ばれています。

その謎を探ってみました!

「コクリコ坂から」女の子の名前は「松崎 海」

映画版では「松崎 海」、原作版では「小松崎 海」となっています。
(ジブリ映画では、宮崎駿さん以外の監督作品は基本的に「原作あり」の作品を映画化していることが多いのですが、原作キャラクターの名前や性別を大きく変えたのは、この作品だけです)

港南学園高等部に通う1年生で、下に妹と弟がいるお姉ちゃん。

「コクリコ荘」を切り盛りしながら、海で亡くなった父を偲んで、毎朝庭に旗を掲げています。

その様子をひそかに見ていた風間俊が、学内新聞に「旗を上げる少女」の詩を投稿したのが物語のはじまりです。

海はなぜメルと呼ばれている?

あだ名メルの由来は原作から

松崎海という日本人らしい名前なのに、どうして「メル」と呼ばれているのでしょうか?

原作には、「海」がフランス語で「ラ メール」(la mer)であり、それがつまって「メル」になったというセリフがあります。

映画版ではこのニックネームの由来が省かれており、なぜ「メル」と呼ばれるようになったのか説明されていません。

映画脚本の丹羽圭子さんによると、このエピソードを入れることも考えたそうですが、上映時間の関係で実現しなかったそうです。

その代わり、映画では風間が海のことを「メル」と呼び始めることで、海が嬉しそうにするというシーンがあります。

ふたりの親密度が上がったことが分かる、良い演出ですね。

誰がメルと付けたのか

海のことを「メル」と名付けたのは、原作版に登場する男性です。

獣医学生で、名前は北見北斗。

4年ほど前から小松崎家に下宿し、メルは中1の時からいっしょに生活していました。

困ったときには相談に乗ってくれる優しいお兄さんのような存在で、海はひそかに思いを寄せています。

原作版では、ふたりでひなげしが一面に咲く「コクリコ坂」を登っている時に
「海ちゃん、ひなげしのこと フランス語でコクリコっていうんだよ」
「コクリコ?かわいい名前!じゃあ海は?」
「ラ メール」
「じゃあこんどから、海のことそう呼んでもらおうかな」

という会話があります。

「今はメールがメルにつまったな」と言って笑う北斗さんに、「いいわよ。海と区別がついて」とウインクして返す海。

ラブラブですね!

北斗さんといると安心できる。

いつまでもこうしていたいな、と願う海ですが、北斗さんは卒業後、獣医として北海道に移ると明かします。

ショックを受ける海。

でもしっかり者らしく「北斗さんらしいわ」と明るくふるまいます。

長い間片思いの相手でしたが、それは妹が兄に向けるような気持ちだったのかもしれない、とも回想しています。

映画版と原作版の北斗さんの違い

海の片思い相手だった北斗さん。

原作ではかなりの重要人物なのですが、映画版では大きく改変されてしまっています。

映画版では北見北斗(男性)→北斗美樹という女性に。

職業も獣医学生から研修医に変更。

大人の女性として海を見守る立場になっています。

コクリコ荘を退去するとき、海が送別パーティーを開くのですが、美樹が生徒会長・水沼の姉と同期であるという縁から、水沼と風間もパーティーに呼ばれます。

そこで海が風間に見せた写真が、騒動の発端となってしまいます。

どうして北斗さんは男性→女性にされてしまったのか?

理由1:上映時間の都合で人間関係を複雑にできなかった

原作通り北斗さんを海の片思い相手として描くと、海の恋愛事情が物語のメインになってしまう可能性があります。

「北斗さんへの恋心」→「風間俊との出会い」→「北斗さんが好き、でも風間くんも気になる・・・」→「北斗さんとの別れ」→「風間くんと交際」→「兄妹疑惑」→「疑惑が晴れ、両想いに」となると、ひとつひとつのエピソードに時間を取れずに、海がふたりの男性の間でフラフラしている女の子のように見えてしまうおそれも・・・。
(原作ではもう一人別の上級生と付き合ったりもしています)

原作は「なかよし」で連載されていたので、少女漫画としては王道でOKなのですが、映画だったらひとりの男性を思い続ける方がステキですよね。

ジブリ映画では、男女の恋愛を描く時もそれをメインストーリーにはせず、水面下でふたりの距離を縮めていくという手法を使うそうなので、今作もそれに沿っていると考えられます。

理由2:カルチェラタンとコクリコ荘の対比

「コクリコ荘」=「女の園」、「カルチェラタン」=「男の魔窟」として象徴的に見せるよう、コクリコ荘の住人を意図的にすべて女性にしたと言われています。
(海の父親は亡くなっており、原作では存命だった祖父も映画版では亡くなっています)

華やかで賑やかで、掃除も行き届いている「女の園」コクリコ荘と、まるで九龍城を彷彿とさせるような混沌とした「男の魔窟」カルチェラタン。

校内でもカルチェラタンには女子生徒はあまり立ち入らないようです。

それでも「男のテリトリー」であるカルチェラタンの存続を、男女が協力して成功させるというストーリーは、とても意味があるものに思えますね。

そんな男女の対比を分かりやすく示すために、北斗さんも女性にされてしまったと考えれば、納得できるかも?

まとめ

コクリコ坂からの主人公の女の子の名前は松崎海。

みんなからはメルと呼ばれていて、由来は海はフランス語でラ メールということからメールが詰まってメルとなったと言われている。

映画ではなぜこう呼ばれるようになったのかの理由は時間の都合で省かれている。

海をメルと呼ぶようになったのは原作では重要な役割をする北見北斗という男性だが、映画では女性に改変されている。

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